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2015年7月14日火曜日

「やる気が出ない」ときは、「取り組まないための原因」に着目している

一般的に浸透しているのは、今の私が「仕事が忙しくて心身とも疲れてるから少し休もう(と思ってもいいだろう)」といったことを「原因」として取り上げ、「人生の課題」へ取り組むことに消極的になっている状態を「やる気が出ない」としているだろう。

しかし、上記の「原因」は本当の「原因」ではなく「影響要因」の一つであるはず。その「影響要因」によって私の「目的」は「仕事に対して消極的になる」ことになった、ということである。あくまで、自分はそれを「選択」したということである。これは自分にとってかなり厳しい側面を持っていると思う。なぜなら、ほとんどの場面が自己責任となるからである。

例えば、子どもを保育園へ連れて行くときに、スムーズにいかずイライラしている自分がいるのだが、そもそも、子どもが積極的に朝自分で行く準備をして、トイレに行って、御飯を食べて...というのは、親側の「理想」を押し付けている状態。それを「原因」にして「イライラする」という選択を私がとっている。他の選択肢を知らないがために「イライラする」選択肢を選んでいる。

というのが、私の今の「目的論」の理解である。これを考えていて思うのは、かなり「自己責任」の占める割合がほとんどであると感じられるため、結構窮屈な気持になる。それこそ「自己受容」できていて自分に自信がある心理状態じゃないと、ついていけなくなりそう。

それでも、自分という存在そのもの価値を感じられ、0.01歩でも前に進むために取り組められていることに「貢献感」を感じることができれば、「自分自身を勇気づける」ことが可能なのかもしれない。いや、岸見先生としては「絶対に可能」ということなのだろう。

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