広告

2014年12月11日木曜日

私がブログを書く理由 その2

前回書いた2件の投稿のような、一般には共感を得られないような思考を持ってしまった私が、家族とごく一部の友人と一緒にいる時間以外でそんな表現をできるのはこのブログだけ。多少時間はかかるし、目に見えた成果というのは得にくいけど、自分の思考を整理するには良い実感を持っている。

アウトプットする大切さ
とりあえず何か書く、表現することは普段あまりない。思ったことなんて、普通は「思う」だけで終了する。すごく話したくて、なんとなくでも聞いてくれそうな人が身近にいれば話したりすることで表現はされるけど、形に残らない。忘れん坊の私なので、どんどん忘れる。
言葉で表現できることなんてコミュニケーションの2割くらいしか占めていないらしいけど、実名公開する勇気も動画編集に時間と命(? )をかける勇気のない私には、ブログという表現方法が合っている気がしてる。

参考引用ブログ
最近はけもの道をいこういばや通信あたりも読み始めた。こんな個性的な表現ができるようになりたい訳ではないと思うけど、自分の考えを表現することを楽しそうにやっているので、マネしてみたいと思った。

怠け者教員生活の公開
最初は自分のようなダメな教員をさらけ出すのは恥ずかしかった。今もだいぶ恥ずかしいけど、(あくまで私の理解では)アドラーから学んだ通り、嫌われてる勇気を持たなくちゃいけないんだと思う。自分の判断を信じる。間違ってもいい。間違うことはダメなことじゃない。変わろうとしないことがダメなことなんだと。まずは今の自分をきちんとみることから。なんかレコーディングダイエット的な感じがする。

2014年12月9日火曜日

勝敗にこだわる思考がなぜクソったれなのか

忙しいな〜、余裕ない日々が(特に精神的に)続いていました。
なぜ、そんな余裕がなくなるのか。それは、
誰かに強く否定されていると感じているから
です。
否定されたときに出現する理屈として「自分が悪いから」「相手が悪いから」というのは置いておいて。なぜ自分はそんなに「否定されている」と感じるか。それは、
勝敗思考があるから
だと思います。

このことに気付いて、良い実感を感じながら、自分の価値観がどんどん変わっているのを実感している。
おそらく、今までの自分ーー今もそうだけどーーは恐ろしく勝敗にこだわっている。誰かを否定していないと自分の肯定感が持てないでいる。それは妻や親とか、非常に近しい親族に対してすらそんな気持ちを持ってしまっている。
その影響で、本来自分が取り組みたいことに気持ちをもっていけないでいる。(サボってる言い訳?自分はそんな気がしている。)

勝敗思考の自分が体感するデメリット

劣等もしくは優越コンプレックスの塊になる

他者と比較することで自分を肯定しようとすると、必ず自分よりも優れた(と感じる人)と自分を比較して劣等感(劣等コンプレックスになり得る)を感じずにはいられない。そうしていくと、自分を強く見せつけていないと安心できず優越コンプレックスに陥る。自分はこんな過去があるから今この程度なんだ(そんな過去さえなければ…)、だけど本当はもっとスゲーやつなんだぜ、という気持ちのまま生きることになる。そんな偽った思考している時間もったいないね。

チーム(2人以上)での仕事がうまくいかない

相手がすべて「敵」もしくは自分より「上」なのか「下」なのかに思考を使ってしまうことになり、パフォーマンスが激落ちくん。相手にも不快な思いをさせることになるでしょうね。上下関係なんてこの世に必要なんですかね?

気持ちが落ち込みやすく、活発でなくなる

とりあえず私はこれに一番当てはまる。落ち込んで何もできなくなる。この気持ちが落ち込んだりすることさえなければ俺だってもっと…的な思考すら生まれてくるぐらいです。

このクソったれ勝敗思考、どうしたら良くなるのかな!

2014年11月15日土曜日

私がブログを書く理由 その1

いばや通信の坂爪さんのマネをして、自分がブログを書く理由を改めて綴ってみようと思う。

現在の仕事を始めたばかりの頃にできた「自分の時間」

私がブログを書き始めたのは、正直なところ、仕事中にできた自分の時間をどう使って良いかわからなかったからなのかと思う。
私は看護学部の教員に転職し、時間をやりくりすることで自分の時間を確保できるようになった。しかも仕事中に。これって、幸せそうなことに見えますが、最初は(今もですが)自分の時間にどのように仕事(研究)を進めたらよいのかよくわからない影響もあって、何から取り組んだら良いか判断できず(考えたくなかったのかも)、自分の時間ができていた。また、仕事はあるものの、まだ急がなくても大丈夫な場合、仕事らしいことがない、自分の時間ができる。そんな風にして、主にPCを使って自分の好きなこと ができる時間が増えていった。
もう忘れてしまったけど、最初は本当にくだらないことをネットで見たりしていたと思う。ガジェット系やらエンタメ系のサイトを渡り歩いていた気がする。もちろん、そんな時間は充実したものになる訳もなく、そのうちに「どうやったらやるべきことに取り組める自分になれるんだろう」と考えるようになった。ダメな自分を変えたくて、数十冊の自己啓発本を読んだり、 「仕事ができるようになる系」の ネット記事を見たりするようになった。

仕事に真剣に取り組んでいなかった

誤解されるのも悔しいので敢えて書くが、そんなだらしない私もまったく仕事をしていなかったわけではなく、大きく貢献したわけではないが学部の委員会の仕事やら 学会運営 やら授業補助、実習指導などに従事させてもらい、少しずつできることは増えてきたと思う。しかし、教員として(人間として?)取り組むべき仕事+αのことはほとんどやっていなかった。計画的に勉強したり、自分の考えている研究に取り組んだりする時間はあったにも関わらず、その時間をただ思い悩んで、逃避して過ごしていた。それは今もそうかもしれない。しかし、そんな時間にある意味で退屈した私は少しずつ行動に変化があった(気がしている)。

2014年11月7日金曜日

橋本病の妻、経過は良好? Part 2

今週、妻の疲れはピーク

私が病棟実習中は朝も早く、帰りも19時〜20時くらいに なる傾向です。
木曜日の今日、妻も一週間の疲れがどっと溜まっているようです。

まず、仕事で午後から欠員が出たことで精神的・身体的にやられたようです。
その欠員となった人の休んだ理由も共感しにくい内容だったこともあり、少しもやもやした感情が残っていたようです。さらに私の帰宅が遅くなるため、子どもお風呂やら食事やらで、疲れたようです。

先週末の3連休は東京へ行く用事があり、子どもを連れて小旅行。
横浜にいる親戚に迎えに来てもらったり、泊めてもらったりしたので、私的にはリフレッシュできました(飲み過ぎて疲れてしまいましたが)が、妻はあまり心身ともに休まらなかったのかもしれない、と言っていました。

夫婦揃って体力ないな〜と実感する今日この頃です。
こういうとき身の丈に合った仕事に変えた方が良いのかもしれないと 思ってしまいます。

妻も、橋本病とはいえ、一応甲状腺ホルモンは正常値なので甲状腺ホルモン低下に伴う諸症状はないはずですが、それでも私は検査値では見えてこない何らかの 影響があるのではないかと思っています。そう言って病気のせいにしたいだけかもしれませんが。

家族の発達凹凸

人間誰だって発達凹凸があるはず。
自分の凹凸に合った生き方を見つけたいですね。

2014年10月31日金曜日

橋本病の妻、経過は良好?

先日、妻が橋本病の定期検査を受けました。
血液検査の結果は聞けていませんが、甲状腺にある腫瘍は大きくなっていないようです。

甲状腺ホルモンの数値は問題ないと以前の記事で言っていました。
なので、橋本病と思われる症状は甲状腺機能の低下に起因するものではないのかもしれません。というか、医学的には因果関係はないと判断されるでしょうね...

しかし、一概に検査の数値がどうこうで判断される医療もどうか と思います。
橋本病のような慢性期の疾患は東洋医学的な考え方で 向き合えるようになれればと最近思っております。

橋本病と診断されてから、子どもの学資保険を妻の名義で契約しようとしましたが、審査を通過できなかったりして 、妻は少しですが落ち込んでおりました。

私も自己診断ですがADDっぽい感じがあるので、二人して障碍者として認定されるかもしれません。

障碍者と健常者の明確な線引きなんてできないですよね。
発達凹凸や認知特性の問題なんじゃないかな。

支離滅裂になってきていますが、本ブログは橋本病で検索した方がたどり着く ようなので、橋本病についての記事を久々に書いてみました。