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2016年4月20日水曜日

常に完結した人生、つまり刹那的・即時的でいたい

一般的には、「何か目標を持った人生」が有意義な生き方とされる傾向にあると思います。看護師になるため、幸せに結婚するため、お金持ちになるため...などの目標を持って生きることを周囲からも期待されます。目標を持って生きることで、目標達成に向けて行動していることが有益だと見られるし、自分でも有意義に思えると思います。しかし、アドラー心理学としては、それを良しとしていません。

それは、目標を持った瞬間から今の状態がポジティブではなくなるからだと思います。目標を持つということは、現在が劣った状態で改善する必要があることを明確にした、ということと表裏一体な状態であると言えます。

人は皆「優越性の追求」を持っています。しかし、より良くなろうとすることと、目標を持つことは違うのでしょうか。正確には「今が良くない状況だからより良くなろう」というのが「目標を持つこと」だとしたら、優越性の追求は「過去も未来も見ることなく、より良くなろう」というところでしょうか。優越性を追求するためには、今、この瞬間を思いっきり生きることが必要になるでしょう。
「優越性の追求」とは、今できる最善を尽くすることです。もちろん、過去にあった悲惨な出来事を繰り返さないために行動することも「優越性の追求」の一つだと思いますが、それは「目標の達成」がゴールではなく、「その目標を掲げて今、この瞬間に行動する」ことがゴールであると考えるのが刹那的でいるということではないでしょうか。

では、どうすることが連続する刹那を大切に生きることになるのでしょうか?自分の好きなことに一生懸命取り組むことが刹那を大切に生きることなのでしょうか?おそらく、刹那を大切にできているか否かは、自分にしかわかりえないでしょう。「人生の嘘」は「今、ここ」を生きないことです。今の自分の行動は、過去や未来をうすらぼんやり見て行動しているとしたら、それは「人生の嘘」です。
「工学部に入ったけど、めっちゃ音楽に興味が湧いてきた!でも勉強も忙しいし...趣味程度にしておこう」というのは刹那的とは言えないかもしれません。

今を大切に生きられているかは、はっきりわからないものなのかもしれませんが、過去や未来のことを「言い訳」に使って行動を決めるのは良くないのかもしれません。

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